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2008年に開局30年を迎える愛知県の知多長浦(ちたながうら)簡易郵便局。7年前、東京でのサラリーマン生活にピリオドを打ち、故郷で受託者になった伊藤さんいわく、「奉仕と助け合いの精神が大事」とのこと。ユニークな工夫もある知多長浦簡易郵便局で、お話を伺いました。
そうなんです、2008年12月で“30歳”になりました。1978年の12月1日に、今は補助者をやっている父がこの土地に開局しました。私が受託者になったのは2001年からなんですが、それまではずっと父と母が運営してきました。
30年前というよりは、ここ10年の変化が大きいです。
コンビニとインターネットの広がりは確実に私たちの仕事にも影響を与えていますよ。父の時代は貯金の出し入れや公共料金の支払いなどもほとんどうちで受けるのが普通でしたが、最近はコンビニ振込やネットバンキングなんかもあるでしょう?
今はだいたい、20から30人くらいでしょうか。連休明けなど、多いときは100人を超えることもありますよ。いちばん多いご用件が貯金の出し入れで、次いで郵便の速達やゆうパック、簡易書留の取り扱いです。
ネットバンキングについては自分でもネットオークションなどで使うので、その利便性はよく分かるんですよ。ですから、窓口を必要としない若者も多いかなという気はします。コンビニエンスストアも24時間やっていますからね。でも、だからといってこの簡易郵便局が無用の長物かと言ったら、そんなことはないです。
ええ。ここの集落は山の中というか、アップダウンの激しい坂のある地域でして。もう少し先に直営の大きな郵便局があるんですが、遠さもあるし、混み具合もあるので、敬遠される方もいるんですね。「ここは空いていていいねえ」なんて言われることもあります(笑)。でも、まじめな話、ここにあることの大切さは、お客さまの温かい言葉に感じ入ることが多いです。助かる、というお声をよくいただくんです。

はい。私は現在62歳なんですが、53歳まで東京で会社勤めをしていました。当時、亡くなった母が病に伏していたことと、いつか独立したいという思いもありまして、定年を待たずしてキャリアチェンジしました。
正直なところ、収入は減りました。そのことは事前にシミュレーションして分かっていたのですが、お金で得られない未知の経験と、一度サラリーマンのノルマから解放されて自分のリズム、裁量で働いてみたい、そう考えて始めました。
サラリーマン時代は営業をしていたのですが、パソコンを使った作業もあるでしょう?その頃の経験が、今の郵便局のシステム操作などにも役立っていますよ。新たに導入された端末の操作方法などは、覚えるごとに愛知県内の簡易郵便局のみなさんにメール配信で情報共有しています。
そうですね。電話でもひんぱんに質問を受けますし、逆に、個人情報保護に関する新しいルールや、『ありがとうフェア』などの取り扱いで、私が「これはどうするんだったかな?」という場面にあうと、仲間に助けてもらいます。情報共有をして助け合うネットワークと文化が形成されているんですよ。これは本当にありがたいです。

父が発明好きなもので(笑)、出入口のドアを自作で自動ドアにしちゃったんですよ。
もともとバネ式の引き戸で、開けるのは手動で、閉じるのは自動なんですね。でも、それだと荷物で両手がふさがったお客さまは途中で閉まってしまって不便ですよね?逆に、いちばん端まで開けきるとロックされるんですが、そうすると今度は、気付かずに開けっ放しで帰られるお客さまが出てくるわけです。毎回毎回、窓口から出てドアを開け閉めするのも困りものだなぁ、なんて思っていたら、父がリモコンでそのロックを解除する装置を作っちゃったんです。おかげで便利ですよ。夏や冬はとくに(笑)。
あと、お客さまが入って来られたときに、中で飾っている電気機関車の模型が動くようにしたり。近所の小学生が社会科見学に来たときは、驚いていましたよ。

自分たちの仲間が増えることは心強いですし、郵便局として営業のノルマというものがないので、そのぶん、自分で目標を立ててやりたい人にはいいと思います。
ですが、手数料がいいからとか、楽そうだからというイージーな考えでは続かないですよ。簡易郵便局同士の助け合いでカバーしたり、お客さまにありがたい言葉をかけてもらえるのも、「この土地でみなさんに奉仕するんだ」というくらいの責任感と使命感のようなものを抱いてやるからこそだと思うんですね。そういう気持ちがあるといいなと思います。